ESSAY

2012-04-28

断言の生きかた。

断言する、ということをあなたはどれくらいしているのでしょう。「だと思う」のではなく、「こうだ」と、どのくらいあなたはいっているのでしょう。そういうことばを、迷いなく発信しているのでしょうか。

断言する、ということはぼくにとって「こわい」ことでした。いまにしたって、こわいものです。そしてその正体たるは、つまり「責任」なのでした。

断言すると、そこに責任がうまれます。木を燃やすと、火がえられると同時に、必ずそこに灰ができます。この灰を嫌がっていたならば、火をつけることもなくなります。ぼくは、そういうことをしていたのでしょう。

断言すると、あなたの大賛成者か、あなたの大批判者の、どちらかを得ることになります。それがどちらになるのかは、あなたの断言した内容と、その後の行動によるものです。

断言しないと、あなたのなんとなく賛成者か、あなたのなんとなく批判者の、どちらかを得ることになります。

なんとなく批判者は、断言しないあなたのことを、辛辣にこきおろすことはないでしょう。けれど大批判者は、断言するあなたのことに、きっとこっぴどく反対します。

その一方で、大賛成者は断言するあなたのことを、心底応援してくれる存在になるでしょうけれど、なんとなく賛成者は断言しないあなたのことを、それほど真剣には見ていてはくれないでしょう。

「断言」というのは、ひとつの生きかたのようなものなのです。10の結果を狙って、10のリスクをとるか、3の結果を狙って、3のリスクをとるか。そういわれると、ぼくは、10のがいいなぁ。

イデトモタカ