ESSAY

2012-06-26

人は変わるのだ。

人は変わるのだ、ということを認めること。

それをしっかりと意識して、恐がらずにやっていこうと思います。そうしなければ、つまり、人は変らないのだ、ということをじぶんの信念にしてしまったら、それはじぶんの成長や変化さえ、否定することになってしまいます。

ぼくはこれまでのまだ短い人生でさえ、たくさんの人たちに出会ったことで、またたくさんの本や映画、音楽、アートというものに出会ったことで、ずいぶんと変わってきました。ぼく自身としてはいまでも三ヶ月サイクルで、別人のようになっているとさえ思っています。けれどそのくせ、他の人のこととなると、途端に「人はそう簡単に変らない」と思っている(思い込んでいる)ところが恥ずかしながらあるものです。

特に、痛い目にあったとまではいわないものの、ある瞬間でも、もう二度と信じない、信用できない、と思った相手については、「人は変らない」というひどく度数のきつい色眼鏡でもって見てしまいがちです。たしかにそれは防衛反応として、ある程度には必要な情動かもしれないですが、でもねー、人は変わるんだなぁ。それはじぶんを見ていると一番よくわかります。

なにせ、ぼくにしたところで、たかだか数年前に出会った人たちの中には、イデのことはもう二度と信じない、信用できない、と決めた人たちは、少なからずいるでしょう。彼らにいままた出会ったとして、「あのときのぼくとは別人です。だからまた白紙の状態で判断してください」といっても、なかなかそうはならないのが人なのです。けれど、それをぼくはできるだけですが、他の人に対してはやっていきたいなぁと思います。

そうでなければ、ぼくにしたって、彼らにしたって、せっかく得た大きな成長や変化や反省が、報われやしないですからねぇ。

小さな結論として、いつだって白紙の状態で相手を見れる、ということは、瞬間瞬間で相手の本質を見抜くことのできる、いっとうすぐれた目を持たなくてはいけないですね。それが「成長」を認め、受け容れることであり、いつだって危険を回避できる方法なのだと思います。

イデトモタカ