ESSAY

2012-07-02

ゆるやかな別人。

うれしくも、かなしくも、人はゆるやかに変化していき、いつしかちがう人になっていきます。

タバコを吸っていた人が、やめる。お酒を飲まなかった人が、飲む。ジョギングを始める。コーヒーを好きになる。それはほんの些細な変化に見えるかもしれませんが、そうなるまえのじぶんからすれば、明らかに別人の生活に見えます。

同様に、過去のじぶんからすれば、愛してやまなかった人がいない人生を平然と笑って過しているじぶんを見たら、おかしくなってしまったんじゃないかと思うでしょう。でも、おかしいのは、どっち? と未来のじぶんはうたうのです。

いまじぶんが深刻に、それは深刻に抱いている感情は、問題は、一年後には憶えていないことです。去年のいま頃、なにに悩んでいたか憶えているかと問われれば、おそらくノーだと思います。けれど、だから、気にするな、といわれたところで、渦中の人にとっては気休めにはなりません。とはいえ、それはやはり、一つの事実でもあるのでした。

時間という見えない水が、どんどん背後から流れ込んできて、じぶんの身体を通過して、流れ去っていきます。すぐそこにあったと思っていた気もちや情景は、刻一刻と、遠く小さくなっていき、それはいつしか見えなくなり、やがて忘れていってしまいます。思い出すことはできても、再びやってくることはありません。

なんでもない日を繰り返しながら、ぼくらは何度も生まれ変わっていってます。もう来ないきょうを生きよう。

イデトモタカ