ESSAY

2012-07-09

夢といふものは。

「夢」というのは、つまり、じぶんが「なに」としてこの社会と関わり合いたいのか、ということだと思うのです。

プロ野球選手になりたいというとき、それはじぶんという人間がこの世界で、「プロ野球選手」という役割として、誤解を恐れずに言い換えれば、「プロ野球選手」という歯車として、他に人たちと、社会と、関係したい、接点を持ちたい、ということなのだと思います。

人は人と関わらずして、生きていくことができません。そうでなければ、動物のヒトとして、生きていくことになります。

必ずどこかに接点を持ち、必ずなにかとして関わりを持ちます。それが「なに」としてなのか。じぶんらしい、満足のする関わり方。じぶんらしい、一番みんなに貢献できる、たのしみながら、よろこびを感じながら、いい影響を及ぼし合えるポジションはなになのか。その理想形を人は「夢」と、そういっているのではないかしらん。

もし、車のベンツが欲しい。ベンツに乗るのが夢だ、という人がいたとしても、その人は本当はベンツに乗っていられるじぶん、そういう存在として社会と関わっている状態、感情がほしいのだと思います。ベンツに乗ったから、もう死んでもいい、なんてこと、ないでしょうから。

なにかが欲しい、なにかをしたい、という夢は、なにとして社会と関わるか、という夢のステップに過ぎないのだと思います。これが欲しい、それが手に入ったなら次はこれが欲しい、その次はこれが……というのは、夢ではなく欲望です。深い夢というのは、(ぼくはですけれど)人との関係性の中にこそ、あることが多いのではないかと思います。

ぼくは伝える、表現する、つくりだす存在として、社会と、世間と、関わり合いながら、そういう歯車としてたのしく生きられたらと思っています。あなたは、なんでしょう?

イデトモタカ