ESSAY

2012-07-17

若いときの苦労。

ことばは透明なものですが、使う人によって、毒にも薬にもなります。いいことばでも、わるい人が利用すると、よくないことばになってしまいます。

「若いときの苦労は買ってでもしろ」ということばがあります。このことばじたいは、プラスでも、マイナスでも、ありません。じぶんがどう受けとるか、それとも、受けとらないかによるだけです。

けれどこのことばを利用して、「ほら、『若いときの苦労は買ってでもしろ』というだろう。この経験はいつかお前のためになるんだ」といって、若い人に面倒を押し付けたり、安く使ってやろうとする大人もいます。そういうのを、悪用というのだと思います。(そしてぼくなら「ぼくはいらないです。」といってお断りします。)

世界にはたくさんの「いいことば」が残っています。そしてそれは、いつの間にか、それ自体が威厳を持ったり、強制力を持ったりしてしまっています。印籠のように、それを出されたら、ことばを持たないものは負けてしまいます。でも、ことばは容れ物なのです。中身は使う人間なのです。なのでことばよりも、相手という人間を受けとればいいのだと思います。そこで判断すればいいように思います。

ここからは蛇足ですけれど、「若いときの苦労は買ってでもしろ」ということば、最近になってようやくじぶんらしい、納得のいく中身が見つかりました。

これはあくまでぼくの解釈ですが、若いときというのは、どうにも「じぶんのこと」にばかり意識がいって、「じぶんのこと」を最優先に生きてしまいがちです。でも、それではなかなかうまくいきません。社会というのは、人と人との関係性だからです。なので、そういう若い人に向けて、「じぶん」が一番なのはわかるけど、若いときは「他の人を応援すること」が、実はとっても大切なんだよ、という意味を込めて、苦労、つまり「じぶんのことじゃないこと」を一生懸命やってみなさい、そうしたら、不思議と道が拓けるから、という先輩からの人生指導だと思うのです。

そう思ったら、ね、嫌なことばじゃないでしょう?

イデトモタカ