ESSAY

2012-08-08

所有したがっていたきみへ。

いまよりもまだ、年端もいかなかったぼくに問う。きみはどうしてあんなにも、所有したがっていたのか。まるで抱えきれないほどのものを、欲するすべてを、所有したがっていたのか。

知識にしたってそうだ。目には見えないそれらを、本というカタチに押し込めて、なぜあんなにも所有したがったのか。使い道さえ決まらぬうちから、手中に収めたがっていたのか。知識というのものの本質は、必要なときに正確に取り出せればいいもので、対峙している問題に活かせらればいいもので、決して所有するのが目的ものもではないだよ。知識そのものに執着していたから、常に欠乏感があったのだ。

お金にしたってそうだ。入り口も出口も判然としないうちから、なぜただただ所有したがっていたのか。お金というものは、じぶんの生んだ価値を、他人の生んだそれと交換するための、一時的な避難所に過ぎないのだよ。考えもなしに避難所を拡大するのに躍起になって、いったい何を怖れていたのか。まずはじぶん自身が、周囲に価値を与えられる人物になることこそに、必死になるべきだったのだ。

人にしたってそうだ。じぶんがじぶんであるように、じぶんはじぶんでしかないように、だれかというじぶんを所有することなどは、決して叶わぬことなのだ。どうして気づかなかったのか、どうして所有できないものを、所有したいという呪いにかかっていたのだろうか。じぶんの一部でない存在が、じぶんとは全く違う存在が、このじぶんと相容れることこそに、もっとも深い意味があるのだよ。それは所有できないからこそ、味わえる種類のよろこびなのだ。

きみはどうしてあんなにも、所有したがっていたのか。まるで抱えきれないほどのものを、欲するすべてを、所有したがっていたのか。きみがいま一番するべきことは、皮肉にも手放すということなのだ。手放すことが、あらゆるものを、きみが渇望しているものたちを、所有する以上のことになるのだよ。

イデトモタカ