ESSAY

2012-08-17

ニンゲンらしさ。

ニンゲンという生きものが、そのほかのドウブツと比べたときに、やっぱりここはすごいなぁという部分は「幸せのタイミングをずらせる」ということなのではないかと思います。いいかたをかえれば、その特徴を磨くことが、より「ニンゲンらしくなる」ということで、つまり、ぼくは進化だと思うのです。

似たような話ですが、「出来事の意味付けを変えられる」というのもニンゲンという生きものが得た、一種のワザなのだという気がします。やりたくないことを、やりたいことにできる、落ち込んだ出来事を、ハッピーのはじまりに変える。それも、けれどぼくのことばでいうならば、やはり「幸せのタイミングをずらせる」なのだという気がします。

ぼくの知る限りではありますが、ドウブツは幸せのタイミングをなかなかずらせないように見えます。目の前に幸せのタイミングがあれば、迷わずそれに手を伸ばすのが常です。寝て、食べて、子孫を残すために奔走する。そのチャンスさえあれば、そうします。

ぼくらニンゲンにしても、意識や、目標や、願望や、使命などといったものの力を借りないことには、ほかのドウブツのように、寝る、食べる、子孫を残すために奔走する、という手近な幸せで人生の時間は埋まってしまいます。それは、とても、簡単に。

なにもしなくていいのなら、なにもしないで過せることが、ニンゲンにとってはありがたいことですが、けれどニンゲンは、寝る、食べる、子孫を残す、以上にやりたいこと、望むことを見つけます。そしてそのために、手近な幸せに手を伸ばさず、そのタイミングを後ろへ後ろへとずらすことができます。そうやって、すぐ手に入った幸せからは、想像もできないほどもうんと大きな、幸せを手にすることができる生きものです。

ドウブツとしてではなく、ニンゲンとして生きることは、なかなかむつかしいところもあるけれど、ぼくはたのしいと思っているので、その特徴を育てたいと思います。

イデトモタカ