ESSAY

2012-08-23

愛ゆえに。

誤解を恐れずにいうと、私には失って困る人間関係がないんです。だから、悩まないし、ストレスも少ないのだと思います。

度々ぼくが引用させていただいている、FOXEYの前田義子さんが、ある著書でそのようなことをおっしゃっていました。当時この文章を読んだ、まだ学生のぼくは、なるほど、すごいなぁ! と、ひどくその哲学に感銘を受けました。そして、ぼくもそのように生きよう、と思ったものでした。

失って困る人間関係がない、というのはつまり、誰にも執着していない、ということで、前田義子さん風にいうならば、来るもの選んで、去るもの追わず、ということになります。実際にはすごく困るし、悲しいし、辛いけれど、無理につなぎとめたりはせず、その変化を前向きに捉える、ということになるのだと思います。ぼくもその考えに、とても賛成しています。

ところが、ぼくはこれまでに一点、勘違いしていたなぁということがありました。先のことばを聞いたぼくは、なるほど、私は私、あなたはあなた、ということなんだな、と、思っていたのですが、特に「私は私」の部分を強く考えていました。

ですが、この歳になってからは、「あなたはあなた」の方が強かったんだな、というふうに感じるようになりました。

うまくことばにまとまりませんが、去っていく相手に執着しないというのは、相手への「愛」なのだと思うのでした。あなたのことを愛しています。あなたはあなた、だから、あなたが去っていくと決めたのなら、私は送り出しましょう、愛ゆえに。と、そういうことなのではないか、と思うようになりました。

失って困る人間関係がない、といえば、ぼくの場合は嘘になりますが、でも、好きな相手ほど、執着せず「好きにしたらいいよ」と思います。そう思えるようなっただけ、大人になって、愛も持ったのかもしれません。ただ、そうだといいなぁと思います。

イデトモタカ