ESSAY

2012-09-14

潰したくない想い。

価値観や思想の合わない人と一緒に長い時間を過すことが、ぼくは好きじゃありませんでした。

ずいぶんとよく眠るくせに、時間のつかい方に対してはなぜかとてもシビアなところがあったので、価値観の合わない人と、たいして笑いあうこともなく過すくらいなら、なにを話すでもないけれど、自然にしているだけでつい笑顔になってしまう相手と、できるだけ一緒にいたいと思ってましたし、いまでもおなじ考えです。

けれど、少し、変わったところは、価値観や思想の合わない人といるときは、じぶんの価値観や思想をもっと深める、すごく大きなチャンスなのだということに気がついた、ということでした。

じぶんとは違う価値観や思想を、そのまま受け容れるということはもう少し前からできるようになりました。ぼくは違う意見だけど、そういう考えも、ありね。という具合に、否定することは減りました。

しかし、最近はそれに加えて、ぼくとは違う意見だけれど、根本的に、なにが、どう、違うのか。じぶんのなかのどんな「想い」を潰したくないから、ぼくは「違う」といいはりたいのか。という部分にまで、目がいくようになりました。これは我ながら、「おっ、成長したなぁ」と思います。

互いの価値観に対する、根本的に、なにが、どう、違うのか、というものは、つきつめていくと、「生きる」や「人間」や「人生」というものに対する、解釈の差になってくるように感じています。

なので最近は、じぶんと価値観の合わない人に出会ったら、じぶんはどういうふうに「生きたい」のか、どんな「人間」でいたいのか、この「人生」をどう使いたいのか、ということを、より浮き彫りにする機会だなぁと、できるだけおもしろがっています。

そのときに相手の価値観を否定してしまうと、「ことばのケンカ」になってしまって、より「ことば」や「論理」をじょうずに使える方が、気もちよくない勝利を手にしてしまうことになるので、ぼくはただ、聞くことにしています。

最後に、仕事というものは、じぶんのなかの正しさの追求という部分が強いので、できるだけ価値観の合う仲間と、あるいは価値観の合うトップの人のもとで、するのがいいんじゃないかなぁと思っています。

イデトモタカ