ESSAY

2012-11-03

期待しないのススメ。

相手に期待しはじめたら、その関係性は危ないと思う。たのしみ合うのはいいのだけれど、相手に対して皮算用をはじめちゃうと、途端に具合のわるい空気が流れてしまったりします。ここは、注意したいところです。

きょうの夕方に、ツイッターでそういうことをつぶやきました。これは、ほんとにそうだと思っております。ぼくの人生の大きな発見のなかに、「目標と期待の違い」というのがあります。これまでにも書いていることなのですが、目標をもってなにかに打ち込むことは、ぼくはいいことだと思っています。人がいちばん幸せでいられるときは、夢中になっているときだと感じているので、目標があって、それに向うのはとてもたのしいことだと思うのです。けれど、目標の達成を目指しているはずなのに、苦しいとき、愚痴が出そうなとき、嫌な気持ちになるときがあります。そのときは実は、「目標」がいつの間にか「期待」にすり替わっているときなのです。そのことに気がついてから、ぼくはなにかと「期待すること」をやめました。そういえば小さいときも、誕生日なり、クリスマスなり、うれしい、たのしいはずのイベントごとに、変に期待や皮算用が入り出した途端、現実との落差に不満を抱いてしまって、ひとりでにむすっと嫌な感じになってた気がします。あれは、申し訳なかったなぁ。

お互いに信頼し合って、秘密兵器を出すように、こんなことやったんだ、こんなこともできるんだ、といい意味で驚かし合いながら、サプライズをし合いながら前進するのは、共同でなにかをするときの醍醐味でもあります。けれどそれに慣れてくると、「こうしてくれるだろう」という、じぶんに都合のいい身勝手な期待が出てきます。そしてそれが、諸悪の根源になります。

長年連れ添っている夫婦にしても、恋人にしても、家族にしても友人にしても、「わかってくれてる」という前提、つまり期待をしてしまうから、喧嘩や嫌な感じなってしまうことが多々あります。そういうのは、つまらないです。あくまでも、ばらばらで一緒にですから、じぶんの仕事をしっかりとして、じぶんの生きる役割をまっとうしたいなと思います。

イデトモタカ