ESSAY

2012-11-11

アメとムチの行く末。

毎週土曜日にエッセイを書いていただいている河村羽美さんから、興味深い話を聞きました。ネズミに挑戦してもらった、ある実験の話です。T字型のシンプルな迷路を用意して、Tの字の下側の端をスタートとします。そして、突きあたりを左に曲がると、その奥にはエサが置いてあります(アタリ)。反対、右側に曲がると電流が流れます(ハズレ)。さてさて、この実験で、なにがわかると思いますか?

ネズミをスタート地点に置いて、前進させます。突きあたりで左に曲がったときは、見事エサをゲット。惜しくも右に曲がったときは電流ビリビリ。どちらかに行った時点で、またスタートに戻します。すると、常にエサは左にあるので、何度か繰り返しているうちに、左にしか行かなくなるような気がしますよね? ぼくは、そうだと思っていました。

でもね、違うんですって。

エサとビリビリとを繰り返しているうちに、もうスタート地点から一歩も動かなくなるのだそうです。「もしまたビリビリだったらどうしよう……」という恐怖(痛み)のほうが、もしかしたらエサをゲットできるかもしれない、という期待よりも、強く行動に対して働きかけるのだ、ということでした。

河村羽美さんは企業の、特に教育面でのお仕事をサポートされている方なので、この結果(現象)はとても重く受けとめているのだとか。人間社会に置き換えると、よく「アメとムチ」という言い方がありますが、アメとムチという教育方針を打ち立てていると、いつかこの動けなくなったネズミと同じように、じぶんの意志で行動できなくなる人が育つ可能性が高い、つまり「指示待ちの人」でいっぱいになる、という危惧を抱いていると教えてくれました。

教育とは「ほめる」ことなのだ。決して罰を与えることではない、ということを、あらためてじぶんのこころに刻んでおこうと思います。

イデトモタカ