ESSAY

2012-12-10

愛というものは。

恋愛というものにおいて、パートナーをひどく束縛して、あらゆる制限を求める人があるけれど、ぼくはそういう考えに、はなはだ同意しかねます。

若かりしころのじぶんに、そういう側面があったことは認めます。けれどそれは思春期特有の、なにか発作みたいなものなのです。子どもが電車で騒ぐように、お店で駄々をこねるように、だれもが通りすぎる道ではあるけれど、いくらか歳を重ねたのなら、通りすぎてしまわなければいけないものなのではないかと思うのです。

恋愛というものにおいて、パートナーをひどく束縛して、あらゆる制限を求める人というのは、まったく愛というものを、別のなにかと勘違いしているんじゃないかという気がします。

愛というものは、相手の幸せを願うということでしょう。

単体の個人として生きてきたじぶんが、じぶんのことを第一に考えてきたじぶんが、まったくの他人のことを、じぶんとおなじように、あるいはそれ以上に、慮り、その人生の幸福を願うということが、愛というものではないのかしらん。

あなたのことを愛しています、といいながら、独り占めしようと束縛したり、制限したり、ルールを設けたりするというのは、相手の人生を狭めるということで、自由を失わせるということで、小さなかごの中に入れるということで、それはひどく利己的な、相手ではなく、じぶんの幸せのことばかりを考えている結果、なのではないかと思えます。

あなたが愛する相手の幸せを願い、悲しませたくないと思うように、相手も愛するあなたの幸せを願い、悲しませたくないと思うのなら、首輪は必要ないはずなのです。

とはいえ、そうはいかないのが人の世だ、ということもわかるくらいには、大人になったつもりです。

けれど、その希望を失ってしまうなら、生きるのはひどくつまらないことに思えます。

イデトモタカ