ESSAY

2012-12-16

こころの可動域。

今日は札幌ではじめてロミロミというオイルマッサージを受けました。ハワイから伝わるものだそうで、昨日のイベントに来てくださった方が、本場で学ばれたということで、無理をいってお店を開けていただきました。ええ、とても気もちがよかったです。

施術中にいろいろとお話をしていたのですが、体というのはやっぱり、間接にせよ、筋肉にせよ、使わないとどんどんとかたまってくるのだそうです。「こんなものか」と、可動域が狭まってくるのだ、ということを教えていただきました。だから簡単なストレッチでもいいから、動かす、伸ばす習慣をつけておくことが、健康でいるためには必要なのだということでした。

使わないとかたく、鈍くなる。これは体だけのことじゃなく、「こころ」にもおなじことがいえるのではないか、という気がいたします。こころも動かしたり、伸ばしたり、したほうが絶対に「いいぞ」と思うのです。では、こころを動かす、伸ばす、というのは、いったいぜんたいどういうことか、といえば、それは芸術にふれたり、物語にふれたり、そして恋をしたり、ということではないかと思うのです。

あの映画を観て、こころが動いた。あの小説を読んで、こころが泣いた。あの絵を見ると、とてもこころが静かになるんだ。芸術というものは、必要のないものだとされがちですが、実はストレッチや筋トレとおなじように、こころをほぐすために必要なものだという気がします。そして、その最たるものが、ぼくは「恋」じゃないかと思うのでございます。

結婚していても、子どもがいても、歳をとっても、だれでもかれでも、恋というものはできるぞといいたいです。別に付き合うことだけが恋ではないですし、男女の仲になることだけが恋でも当然ないのです。もっとフリーダムで、もっと個人的でいいと思うのです。

重要なのは、その恋を成就させることではなく、恋によってこころを動かすことなのですから。かたまって、鈍くなったこころを動かす、いちばんのストレッチは恋じゃないかと思うのです。ロミロミというマッサージを受けながら、そんなことを考えておりました。

イデトモタカ