ESSAY

2013-06-06

人に頼って生きる。

ぼくは人に頼ることを前提に生きています。

いまさらながら、そのことをきょう自覚しました。ツイッターである人が「防災グッズを買った」と書いてあるのを読んだからなのかもしれません。ぼくは自己防衛力がひじょうに弱い生きものです。ニンゲンという生きものとしての生存能力が、そもそも全体的に低いように思います。いざ無人島に放り出されたりしたならば、なんとか生き延びようと必死になるでしょうけれど、実生活においては、切実さが足りないことから、いろんなことを人任せにしています。

そんなことだから、いざ、なにがが起きたとき、おそらく準備不足すぎるくらいに、準備不足になるんじゃなかろうかと思います。自覚していて対策を打たないのだから、これを罪だという人もあるかもしれません。あるいは馬鹿だという人があるかもしれません。甘んじましょう! と、思います。そういう生きかたを選択しているのは、誰でもない、ぼくですから。

では、なぜ何もしないのか、といえば、やっぱり「人に頼る」気もちがあるからで、良くも悪くもそこに期待しているのだともいえます。ただ、仮にぼくがほんとにお金が無くて、これはもういよいよ餓死するぞ、という状況になった場合に、ここやツイッターで「お腹空いて死にそうです。」と本気で書いて住所を載せたなら、少なくとも知り合いのだれかは、もしかしたら知らない人のだれかも、お米なりなんなりの食糧を送ってくれる自信があります。意図はしていませんけれど、どうにか「頼らせてもらえる」環境というものを、ぼくがつくってこれたからだと思います。もしこれでなにも届かないようであれば、ま、単純にぼくの生きかたが悪かった、ということです。

みんなが大変なときには、たとえばいっせいに被災して、じぶんのことで精一杯どころか、周囲を蹴落としてでもしなければ生き延びられない、という社会や世界がやってきたなら、そのときには「だれにも頼らずに生きれる人」がいちばん強くて、立派で、ぼくなんかはすぐに野垂れ死にしてしまうでしょう。けれど、同時に、ぼくのほうも、そんな世の中に用はないのです。

イデトモタカ