ESSAY

2013-07-23

じぶんのことば。

じぶんのことばをどのくらい持っているか。そういうことを強く意識しはじめたのは、久保井くんという一つ上のともだちと仲良くなってからでした。ぼくが二十歳で、彼が二十一歳くらいの秋口だったような気がします。なんとなく毎日夜中から明け方まで5、6時間久保井くんの車のなかで、ときには朝までやっているマクドナルドなどで、ひたすらになにかについて話していました。

人生についてや、恋愛について、就職について、などといった感じではなく、もっとむちゃくちゃにどうでもいい感じの謎のテーマばかりを取り扱っていました。ガンダムの各シリーズにおけるモチーフと哲学、そしてそこから何を学ぶべきなのかという話や、歴代のロボットアニメが受け継いできた人間理解、マニュアル設定のカメラで写真を撮る方法とその魅力、時代性や流行という振り子の周期の見分け方、英語はこれからの時代に本当にいるのかいらないのか、最近感動したデザインとその背景にある思想について、などなど、そういう変てこな会話をずいぶんとしました。それぞればらばらに仕事をするようになったので、回数や頻度じたいは減ってしまいましたが、今でも進行形で、会った日はたいてい朝まで数時間、長いときは十数時間もなにかについて話をします。それはいまでもぼくのとても好きな時間の一つです。

とはいえもともとは、ほとんどぼくが聴いていました。久保井くんの話がとてもおもしろかった、というのももちろんの理由なのですが、本で読んだり誰かから聞いたりということではない、久保井くんのことばがたくさんあったので、正直なところは驚きっぱなしだったのでした。すごい人がいたもんだなぁと、少し凹んでいました。それでも一緒にいることで受ける刺激が多大だったので、ぼくは感心しながらいつも話を聴いていました。

当時のぼくはといえば、一言で表現するなら生き字引でした。周囲の同世代、年上の人を含めても、ずいぶんと本を読んでいた方なので、だいたいのことに「知っているフリ」をしていました。なにかを訊かれても、じぶんの中の辞書からなにかしらのことばを引っぱり出してくることができました。けれど「じぶんのことば」は一つも持ってなかったのです。そのことをぼくはずっと知らずにいました。これが正しいのだと思い込んでいました。

けれど、久保井くんと会ってその価値観が崩壊します。今は(ぼくの影響もあるそうですが)たくさんの本を読んでよりパワーアップをしている彼ですが、そのときは読書量としてはそう多くはなかったそうです。けれど、生きたことば、じぶんの力で考えて、じぶんの責任でもって話すことばを持っていました。「じぶんのことば」でいつも喋っているように、若き日のぼくには思えたのでした。(この歳になっても、じぶんことばで話す人は少ないのに)

彼との出会いが、ある意味でぼくを本から遠ざけました。一時は「まだまだ読書量が足りないのだ」と思ったりもしたのですけれど、しだいにそうじゃないと、つまり「知る」時間よりも「考える(向き合う)」時間が足りていないのだとわかるようになりました。

いま、ぼくが日頃どのくらい「じぶんのことば」で話せているかはわかりませんが、二十歳そこそこだったぼくに顔見せできるくらいにはなれたんじゃなかろうかとは思います。そしてその過程でわかったことは、

「じぶんのことばというのは、じぶんの人生における解答なのだ」

ということです。向き合った課題、対面した疑問から目をそらさずに、一つひとつのときには面倒くさく思えることに対して、じぶんなりに納得できる答えを出す、ということをつづけていくことでそれは増えていくのだと、チリのような気づきが、いつかある程度の大きさになって「ことば」という塊(かたまり)になるのだと思うのでした。

日々生まれる些細な疑問、真剣に生きているからこそ現れる障害や壁、それらに挑むことが経験となって、それらを超えることが自信となって、それらを解消することがことばとなってじぶんのなかに蓄積されていくのだということを、これからも忘れずにやっていこうと思います。地道に、たのしくね。

イデトモタカ