ESSAY

2013-09-13

シコリの隙間に。

嘘をつく。嘘をつくと、こころのなかに、小さなシコリのようなものができる。それは嘘の背景にある後ろめたさと、嘘の内容を憶えておかなければという落胆と、嘘をついたじぶんへの情けなさの交じり合った消化できない塊なのだ。

約束をやぶる。約束をやぶると、こころのなかに、やっぱり小さなシコリのようなものができる。今度のそれは、果たせなかった後悔と、途中から果たそうとしなかったじぶんへの失望が凝縮された塊なのだ。

不健康なものを食べる。不健康なものを食べるといった、ごく物理的なことでもこころのなかには、また小さなシコリのようなものができる。こころといえども、その宿主である体とは、無縁ではいられないのは当然のことで。体をつくる材料が不健康ならば、こころにもやっぱりどこか不健康が生まれる。

そういった、一つひとつは小さなシコリがいくつもいくつも集まることで、こころ全体が固くなっていく。繊細の反対になり、しなやかの反対になる。鈍く凝ったこころの感度は、どんどんと落ちていく。

そうして、受信体としてのこころは、ダメになっていく。そうして、発信対としてのこころも、ダメになっていく。

こころを固くするきっかけは、日常のあらゆるところに潜んでいる。小さなシコリだと見逃してしまえるような症状は、いたるところでぼくらを待っている。

さんざん嘘をつき、約束をやぶり、不健康なものを食べてきたこんなぼくでも、まだ人生を愉快だと思えるところがあるのは、蓄積された小さなシコリを、みなまでとはいわないけれど、溶かしたいという願いがあるからなのか。シコリとシコリのわずかな隙間に、そういった希望を持っているからなのだろうか。

イデトモタカ