ESSAY

2013-09-25

好きなことを仕事にするには。

好きなことを仕事にしたい。このことばの本質的な部分は何なのか、お昼ご飯を食べているときにそれがふと閃きました。好きなことを仕事にしたい、好きなことを仕事にして、それでお金を得て、生きていきたいという願いの根っこにあるのは何か、ぼくなりつきつめていくとそれは、「自己実現につながる行動に多くの時間を費やしたい」の言い換えなのだと思われるのです。

つまり、たくさんの人がそれとは逆の日々を生きている、そう望みながらも反対の過し方をしているのでしょう。それはどういうことなのか。ぼくにしても思い当たるところがあります。誤解を恐れず端的に言えば、一日の、特に仕事中の時間の使い途というのは、じぶんが強く意識して、積極的な選択をしない限り、基本的には「誰かのお願いを聞いてる時間」になります。この事実をどう捉えるのかということが、要するに個々の重要な問題だと思うのです。

仕事というものは、人の役に立つことだ。仕事というものは、誰かの困ったを解決することだ。であるからして、仕事というものは、それそのものが誰かのお願いを聞くことではないか。もしそう訊かれたならば、ぼくとしましても、反論するところはないのですけれど、けれど「それだけでいんですか?」という問は、こちらから投げかけたくなる気持ちはあります。

仕事をすることの主たる目的は、もちろんお金を得ることなわけですが、そのために「誰かのお願い」ばかり聞いていて、じぶんのゴールや目標をないがしろにしていたのなら、それは果たしてハッピーなのですか、とぼくなんかには思われます。人生の大半の時間を費やしてまで、誰かのお願いを聞き、お金を得たとしても、お金にはそれほどの価値はないと気付くような気もします。

仕事ですからね、誰かのお願いを聞き、困っている人の問題を解決して役に立つことは、言うまでもなく重要ですよ。でも、それだけでは(ぼくの価値観では)、人生の三分の一はつまらないことになってしまいます。それは、それこそ、つまらないでしょう。

誰しも、自己実現につながる行動でお金を得られたら、それはやっぱりハッピーなことでしょう。けれどそうなるための道筋には、お金は(まだ)得られないけれどそのための準備をする、という時間が絶対に必要です。その時間を誰かのお願いを聞く時間の中から、どれほど捻出できるのか、意識してそうするのかが分かれ目になるのではないかしらん。そうした人だけがいつの時代も、好きなことを仕事にしてきたのではないかしらん。

イデトモタカ