ESSAY

2013-10-27

本心。

お金を稼ぐ理由はどこにあるのかと、あらためて考えてみると、それはけっきょくのところ、お金にならないけれどやりたいことを、お金を気にせずにやりたいから、なんですよね。

そりゃそうでしょう、と当たり前に思われる方もたくさんいらっしゃるのでしょうが、そういえばぼくはそこのところを、そうだと思いながらも今日まで言語化せずに来たような気がします。

どうしてそんなことを考えたかというと、今ならもっとうまくやれそうだ、ということが、たくさんあるなぁと思ったのです。

たとえば13歳から15歳くらいまで、ぼくはアコースティックギターに夢中でしたが、それから十年以上経った今、あらためて当時のように真剣に取り組んだなら、きっとずっとうまくやれるぞ、つまり、短期間で効率的に上達するぞと思うのです。

あるいは、16歳から19歳くらいまで、とても熱心にやっていたブレイクダンスも、体力も筋力も柔軟性も、今となってはずいぶんと失われてしまってはいるのですけれど、もしこれからまたやるぞとなると、きっとうんと上手にやれるなという自信があります。

だったら、すればいいじゃないか。ですよね。ぼくも、他人事ならそう思います。あら、そう、じゃ、すれば。です。

もう飽きたり、嫌いになったのならまだしも、ぼくはやらないというだけで、今でもアコースティックギターは好きですし、ブレイクダンスだっていいなぁと思っています。

でも、やらない。なぜかならば、こころに正直に答えると、それは「お金にならないから」のような気がします。あまりじぶんから、そういう結論というか、ことばが出るのは気持ちのいいことではないのですけれど、ほんとのところは、そうだと思うのです。そういう部分は、ずいぶんと大きな影響を及ぼしているのだということは、否定できないのです。

仮にぼくが、とてもとてもお金持ちになって、お金のことをなにも気にしなくなったときがきたときに、それらをまたするか、と想像してみると、実際にはどうにもしないように思われます。お金にならないことをしてもいいのに、それをすることが躊躇われるというか、そういうこころの癖がもう、ついている感じがあるのです。

これは、つまらないことだなぁと思います。仕事というか、お金儲けというか、そういうものに真剣に取り組むことへのデメリットなのかもしれないという気がします。

ゆっくりとでも、一つずつでも、お金にならないけど、やりたいことを、人生のなかにまた混ぜていけたらいいなぁと思います。

あ、でも、ここがそうですね。ここだけは、間違いなく、そうです。いや、けれどこれがいつか仕事になったらな、という下心がないわけではないので、純粋にそうとはいえないかもしれません。

じぶんのこころに素直に生きるということは、なかなかむつかしいものですね。

イデトモタカ