ESSAY

2014-03-15

積極的回避のすすめ。

すごく好きな人もいれば、少しだけ好きな人もいて、あんまり好きじゃない人もいるし、でもほとんどは好きでも嫌いでもない人だ。

ぼくにとってすごく好きな人が、他の人にとってあんまり好きじゃない人になっていることもあれば、その逆もある。なんだこんな奴と思う相手でも結婚していたり、すごくいい人なのに独身だったりもする。

どうしてぼくのすごく好きな人が、他の人からは好きじゃないと思われたりするのか。ぼくのことをすごく好きだという人もいれば、あなたのことはどうしても好きになれないという人がいるのか。

この問題を縁で片付けることはできないと思う。縁だとするなら、学生のころ席替えをする度に、隣の人が親友になるはずだろうから。でも、そういうことにはあんまりならない。

日本語には「気が合う」ということばがあるけれど、要するに、そういうことなのだろうと思うのだ。「十人十色」ということばもあるけれど、人それぞれに見えない色があったとすると、じぶんに合う色(相手)と合わない色(相手)があると考えるのは、とても自然なことな気がする。

つまり、ぼくも、きっとあなたも、聖人君子ではないわけだから、どうにも「やさしくなれない人(相手)」がいるのは、仕方のないことだと思うのだ。残念なことだけれど、ぼくやあなたとは「合わない色」の持ち主もいるということだ。

それなのに無理矢理に、こころが狭いからだ、器が小さいからだ、この性格がいけないのだと、じぶんを責めてプレッシャーをかけたって、いいことなんてないと思う。じぶんのために、感情を大きく乱さないていどには、じぶんのことを理解してコントロールする訓練はした方がいいと思うけれど、そのために大事な時間をつかい過ぎることには、どうにも同意ができないのだ。

人生は短いから、気の合う人と過せばいい。できるだけ多くの時間を、あなたが自然に「やさしくなれる人」といるのがいい。それも一つの運命と受け容れて、笑顔でいられる生活を求めるのがいいと思うのだ。そのために避けるのを、ぼくは逃げたとは認めないから。

イデトモタカ