ESSAY

2014-04-23

ふれあい。

手をつないで、はじめてわかる相手のことは、多いのだと思うのです。

どうしてだか、ぼくらはふだんの生活で、あまり手をつなぐことはありません。恋人や夫婦や、とびきり仲の良い兄妹やともだちくらいではないかしらん。あとは、子どもがまだ小さい親子だったり。

幼稚園や小学生低学年のころは、いまよりうんと手をつないでいました。仲が良いや、好きだということとは無関係に、手をつなぐ機会がありました。どうして、大人になるにつれて、なくなってしまうんでしょうね。

了解のない相手のことを強引に触れると、犯罪になってしまいます。ぼくはいつも地下鉄を利用していますが「痴漢は犯罪です」という文字をどこかしこに見ることができます。

たしかに、触れられたくない相手から、無理矢理に触れられたなら、不快です。それはわかります。けれど、充分に互いのことを知っていたり、これから知りたいと思っている同士でも、なかなか手をつなぐことはありません。ぼくにはそれは、ちょっと不思議です。

数としては少ないですが、これまでに講演やらイベントに出させていただいたとき、最後に来てくださった方々と握手をするという機会があります。もちろん檀上からも聴衆の皆さんの顔は見えていますが、最後に握手をしたときに、ぼくははじめて聴いてくださっていた方のことを知った気がします。

人と人は、完全にはわかり合えないといわれます。ぼくも、そうかもしれないと思います。けれど、手をつなぐ、握手をする、そういうことがもっとオープンになれば、わかり合えるかもしれない相手の数はずっと増えるような希望があります。

イデトモタカ