ESSAY

2014-04-29

がまんの意味がやっとわかった。

「結果」ということばを、これからは「満足」と言い換えてみることにします。

ぼくらはいつも満足を求めて行動をしています。たとえばお金持ちになりたいというのも、お金持ちになったという結果がほしいというよりは、お金持ちになったという満足がほしいのだと思うのです。

ダイエットしているのにケーキを食べてしまうのも、ケーキを食べたという結果よりも、ケーキを食べたという満足がほしいのだと思うのです。また、その人は、ダイエットをして理想の体型になれたという未来の満足よりも、いまケーキを食べたいという身近な満足に誘惑されてそういう行動をしたということです。

朝、原稿を書いていました。けれど、どうしてだかこころここにあらずで、雑誌をぱらぱら見てみたり、ツイッターをのぞいてみたり、いましなくてもいい計算をメモに書いてみたり、堅揚げポテト(ブラックペッパー)を食べてみたりと、まるではかどりませんでした。

そのときにふと思ったのです。ぼくの原稿を書き上げるという「結果(満足)」が漠然としていたために、その他の、手軽に得られる満足に行動が左右されているのではないかしらんと。

つまり、ざっくりと「満足が得たいなあ」では、そこかしこの簡単で手軽な行動で得られる満足のために、時間やら意識やらが奪われてしまうのだと思うのです。

だから「この満足でなければイケナイのだ」という満足を、きちんと思い描いてこころをセットしておくことが、なにより「ほんとに達成したいこと」を達成する場合には肝になるような気がします。

まだ生まれたてのぼくの認識ですから、うまく咀嚼できていないのが申し訳ないのですけれど、ちょっとでも「わかるぞ」や「なるほど」と思われることばがあったならなあと願います。

あなたがほんとに得たい満足を得るために、他の満足を節制できますように。

イデトモタカ