ESSAY

2014-05-29

景色とハリボテ。

外から見ていたものの、本人になってみると「こういう感じだろう」という想像が、いかにハズレているのかと驚くことばかりです。

例えば、年齢があります。みなさんそうだと思うのですけれど子どもの頃の30代は、ぼくのなかでおじさんでした。少なくとも、お兄さんではなかったはずです。

十二分に「オトナ」であって、世の中のことがよくわかっていて、もう人生の後半に入っているような印象でした。

ところが、全然、そうじゃない。ぼくはまだ30代ではないですけれど、ずいぶんと近しい年齢になってきて、いかにじぶんの想像が幻想だったかと思い知っています。

父親は30歳でぼくの父親になり、母親は28歳でぼくの母親になりました。ちょうど、今のぼくの友人たちの年齢です。一緒に飲んで遊んでいる仲間と同じ年齢です。

子どもの頃は勝手に、親は「オトナ」だと思っていました。けれど、そんなことはなかったのです。今のぼくと同じようなものだったのです。であるならば、ぼくは両親の色んなことを許す必要があると思うのでした。

あるいは、映画でも、小説でも、恋愛というテーマは永遠に人気であり、求められています。それがぼくには不思議でした。

子どもの頃、外から見ている「オトナ」は、そういうことはすべて終わって、恋愛とは無縁だと思っていたのです。恋愛は、結婚するまでや、10代、20代のものだと思い込んでおりました。

けれど、そうじゃないことは40代でも、50代でも、恋をすることは、愛に飢えたり嫉妬の炎を燃やすことは、「ある」のだと、ぼく自身が近づくことで、はじめて了解できました。

きっと、ぼくが外から見ているだけのあらゆることについて、ぼくは思い違いをしています。それだけは、事実です。

結婚すること。親になること。宝くじに当たること。英語がペラペラに喋れること。

どれもぼくは外から見ているだけですが、きっと、想像と、ずいぶん違うんだろうと思います。

あ、少しだけ、ほんの少しだけですが、「有名になる」の本人になってみてわかったのは、たいして、つまらないことだということです。

イデトモタカ