ESSAY

2014-06-09

アイとコイ。

愛について、思うこと。

愛は「延長自己」なのだ。「情が移る」ということばがあるけれど、つまり、まさに、それなのだ。

一緒にいるうちに、あるいはなにかをきっかけに、過す時間が長くなり、想う時間が長くなり、気がつくとじぶんの「こころ」がそのものや相手にまで伸びている。じぶんの一部になっている。

だから、そのものや相手が困ることは、じぶんの困り事でもある。そのものや相手が不幸になることは、じぶんも避けたいことになる。そうやって同一化されていき、行き着く果ては「滅私」ではないかと思うのだ。

じぶんという境界線がなくなって、本来のカラダよりも大きな幸福の達成を求める。たとえじぶんがそれにより滅んでも。それが愛の果てではないかしらん。

恋について、思うこと。

恋は「喪失自己」なのだ。「こころを奪われる」ということばがあるけれど、つまり、まさに、それなのだ。

劇的な事件のせいで、あるいはふとしたことから、じぶんの「こころ」がそのものや相手に、挨拶もなく持ち去られている。ぽっかりと、盗まれている。じぶんのこころに隙間ができる。

だから、こころにできた隙間を埋めようと、そのものや相手のことばかり考える。考えや、想いや、妄想がどんどん吸い寄せられていく。けれど穴はブラックホールで、まったく埋まらない。その隙間を埋められるのは、そのものや相手だけなのだ。つまり、こころは「成就」を懇願している。

失ったこころを取り戻すには、それを奪ったものや相手から取り返すしかない。本当は別途があっても、盲目的にそう思われる。それが恋の病ではないかしらん。

愛は延長線を太くする旅。恋は失ったこころを取り戻す旅。

恋の旅は成就か諦めをもって終了するけれど、愛の旅は終わらない。

イデトモタカ