ESSAY

2014-07-08

あなたの仕事。

人には固有(特有)であることへの憧れと、またそうであることへの孤独感があります。じぶんだけの経験、過去、価値観、親との関係、葛藤、苦い思い出、理解されない目標。あるいは音楽の好みや趣味、人生への向き合い方。そういった一つひとつの小さな粒が、集まって集まってじぶんを固有の存在に仕上げます。

だからこそ、人には理解者が必要なのだと思うのです。生きることは苦悩です。そう断言するのはどうかとも思うのですが、一切皆苦ということばには、やはり真理を感じます。苦が前提の世界だからこそ、人は幸福を体感できる。これは否定できるものではありません。

生きることは、意味不明の連続です。出来上がった世界に、後から参加するのが人生ですから、あらゆる変えられないことで満たされた世界です。生まれ落ちる、という表現がありますが、まさにそのとおりで、すでにある場所、文化、環境の中に突然新しいプレーヤーとしてやってくるのですから、意味不明だらけで当然なのです。

それゆえに、つまり理解できないことだらけで、理解されないことだらけで、じぶん一人浮き上がっているのではないかという快感とそれをずいぶんと超える孤独や不安のために、人は理解者という存在を欲するのではないかと思います。

なにごとも、抱えている限り、重くのしかかります。一緒に持つことで、あるいは手放すことで、軽くなる。当たり前の原理です。ぼくはこれを解放と呼んでいます。つまり、詰まるところ人の幸福とは解放感ではないかと強く思うところがあるのです。

そして、最大級の解放とは、「じぶんを忘れること」ではないのかと。

他者と分かり合うことで、深くつながることで、人はじぶんの特別感から解放されます。それが人間関係から生まれる癒やしなのだと思うのです。放っておけば、溜まる一方で、どんどん重くなるこころ。それを軽くすることが、大きなテーマではないかしらんと。

相手がじぶんと同じ痛みを持っている、苦悩を持っている、あるいは理解し合える過去や経験を抱いていると知ったとき、人はそのことに関するじぶん自身を一般化でき、忘れることができる、つまり解放される。

幸せとは人と深くつながること、絆を深めること、と言った人のことばの意味が、ようやくわかった気がします。

イデトモタカ