ESSAY

2014-08-29

羨望の目の色は。

霧が晴れたような生活。望んでいるのは、それだと思うのです。ぼくも、あなたも、みんな。情熱大陸やトップランナーや雑誌の特集記事を見て、憧れたり、羨ましい気持ちになるのは、お金持ちそうだからだとか、有名人だからだとか、好きなことで食べているからだとか、面白そうなプロジェクトをしているからだとか、そういうこともあるのでしょうが、実はそれらは二の次なのです。本当は「霧が晴れたような生活」をしていることが、なによりも羨ましいのだと思うのです。

あの人はシンプルでいいな。向かっている場所が明確で、生活が明確で、努力の方向が明確で、やることがクリアで、シンプルで、かつ報われるのだから、いいな。つまり、そういうことだと思うのです。

容姿が整っている。いい生活をしている。すてきな異性と付き合っている。面白そうなともだちがいる。才能がある。技術がある、能力がある、実績がある。そんなことよりも、なにより人が羨ましいのは、迷いのない「霧が晴れたような生活」をしていること。それではないかと思われるのです。

もちろんそう見られている本人たちは、それぞれにとてもクリアでもシンプルでもなく、迷いながら悩みながら不毛な時間を過しながら生きているのかもしれませんけれど、ギャラリーからその景色は角度的に見えません。

じぶんの人生の霧を晴らす。結局のところ、時を経ても売れつづけている本というのは、そのテーマを扱っているのではないかと思います。そして、今売れている本も。

霧を晴らすために、霧が晴れたような生活をするために、できることはなにかしらん。その問に答えつづけることが、どんな本を読むよりも、人生を前身させていくように思います。人を成長させていくように。

イデトモタカ