ESSAY

2014-12-23

気を遣って。

親しい間柄の人間は、じぶんの映し鏡です。事実はどうであれ、そう思うことにしておくと、じぶんのこころや行為について考えるのにずいぶんと助けになります。

じぶんの人間関係のなかでも、とりわけ親しい人たちが、どういう人でどういう価値観と行動規範を持っているかで、じぶんがどういう存在なのかが垣間見えます。気が合うということは、存在に対する賛同ですから。じぶんの賛同している「なにか」が何なのかわかります。

親しい間柄の人のなかには、陽気な人もいれば、怒りっぽい人もいたり、みんなで騒ぐのが好きな人もいれば、静かに少人数で過すのが好きな人もいます。じぶんの親しい人たち同士を思い浮かべると、きっと気が合わない人たちが出てくるでしょう。それが、じぶんの人間としての幅なのだと思います。

多かれ少なかれ、彼らがそれぞれに持っている性質を、じぶんも必ず持っています。だから鏡です。相手が変わればじぶんも変わります。じぶんが変われば、相手も変わります。

じぶんが変わったときに、相手がその変化に対して居心地悪く感じたならば、きっと去っていくでしょう。それは仕方のないことです。じぶんが変わったときに、相手も同様に変化したなら、それはじぶんの信念の力なのだと思います。

いい変化を起こしていく、いい影響を与えていく、そういう存在になっていきたいです。

考えてみれば、じぶんとあまり気の合わない人たちに気を遣って生きていくことほど、つまらないことはないのです。じぶんが「いいこと」だと思うのであれば、じぶんの人生にとって「大切なこと」だと信じるのであれば、考えの違う人たちに気を遣うことなく、ことばと行動を起こしていくのが切り開かれる人生なのではないかしらん。そして、それによって救われる人も、気の合う人のなかにはきっといるはずです。

イデトモタカ