ESSAY

2015-03-06

英語力NG。

ぼくがサンフランシスコに来る原因になった、名古屋の社長が散歩中に興味深い話をしてくれました。

お客さんにとっても社員さんにとっても、(ぼくから見ると)すごくいい会社を経営されていて、着実に成長しながら、毎年十数名の新入社員さんを積極的に採用されています。

会社に遊びに行くと、みんなすてきな方々で、ホスピタリティの高さにいつも驚かされます。電話も、誰が出てもとてもいい感じです。

興味深い話というのは、アメリカに来ているわけですし、会話の流れで英語の話になったときに、

「うちでは帰国子女はOKだけれど、一所懸命に英語を勉強(習得)した人は不採用なんだ」

と教えていただいたのです。その基準には少しならず驚きました。ふつうの頭で考えると、英語をがんばって習得した人は、評価が高そうなもんです。やる気があるし、持続力だって持っている。それに加えて英語も使えるわけですから、そうじゃないふつうの人よりも、価値が高そうに思います。けれど、違うのだと。

理由を伺うと、いたってシンプルかつ納得でした。英語を一所懸命勉強(習得)した人というのは、やる気があるわけですけれど、一方で英語が使えない、英語力を活かせない状況だと、それをとても不満に思うのだそうです。じぶんにはせっかくこうしたスキルがあるのに、それを活かせずに、こんな誰にでもできそうな仕事なんて。そういう愚痴や不満が出てくると。

ひきかえ帰国子女の人たちは、英語ができるということをただのツールとしか捉えていないので、いいのだと。だってぼくらも「日本語を使って仕事をしたい!」なんてわざわざ思ったりしませんものね。

ぼくにしても、せっかくコピーライティングや広告の力をたくさん勉強してつけたのに、全然関係のない仕事だと、愚痴や不平不満の一言でもいいたくなりますきっと。もっとぼくの有効な使いみちはあるだろうと。けれど、それは正直組織にとっては「毒」なんですね。

他の人にできないことをついしたくなりますけれど、誰にでもできることを誰にもできないくらいにすることが、どれほど価値の高いことなのかと、もっと真剣に考えたいものだなあと思いました。

イデトモタカ