ESSAY

2015-03-08

光源。

ユーモアについて、吉本隆明さんは「ぼくには関係ないですね」と言い切った。それはそれで潔く、一つの生きかただと思う。

けれど、できることならユーモアの「ある」生きかたを選べたならハッピーだなあとも思う。

ユーモアと関係のないところで生きている人を、決して「暗い」とは言わないけれど、ユーモアと共に生きている人は、たいてい「明るい」ものに見える。

明るさは人を惹きつける。虫と一緒にするのもどうかしらとは思うけれども、明るいところに、無意識に寄っていく人の数は、少なくないと言い切れる。

明るさは希望なのだ。いい未来が待っていそうな希望なのだ。

暗いできごと、暗いと捉えられるできごとは、放っておいてもたくさんやってくる。明るいできごとは、ただ待っていても、そう多くはなかったりする。

それを人工的に生み出す力の一つがユーモアだ。ぼくはいまいちユーモアがないけれど、「ある」人を明るいなあと思う。羨ましさの混じったほめことばとしてだ。

人生はじぶんのペースにもっていくことで、叶えられることがずいぶんふえる。むしろ、じぶんのペースにもっていけなければ、なかなか大きなことは達成できない。

明るさを持っている人は、つまり光源は、場の中心になる力を秘めている。みんな自然と光源に従う行動をとる。ペースをつかむのは明るさという光なのだ。

あなたのちょっとしたユーモアが、叶える大きな夢の数は計り知れない。

イデトモタカ