ESSAY

2015-03-18

大事なら一緒に。

勉強しない社長はダメ。でも、じぶんだけ勉強している社長はもっとダメ。

そう言われて、ぼくは明らかに動揺しました。仲間を率いるリーダーとしては、(たぶん)そこそこ勉強しているほうだと思います。けれど、じぶん一人でしています。仲間もじぶんにとって必要なことは、勝手にやっているようですし、強制したくはなかったので、というのが、まあぼくの言い訳なわけです。

一緒に働く人間を勉強させず、じぶんだけが勉強しているのは、じぶんも勉強していないより、もっと悪い。

どうしてそんなことを言うのだろう? ぼくなりその答えを考えていくと、一つ思い当たることがありました。それは「こころが離れていく」ということです。

学ぶことによって、人は成長します。ふだん一緒に過ごすことのできないような素晴らしい人たちから、たくさんの刺激を受け、まるでその人と人生を共にしているかのような擬似環境に身をおくことができます。ことばが変わり、価値観が変わり、行動が変わり、運命までもが変わっていきます。

それらは一見いいことです。けれど、その「いいこと」をじぶん一人でやったなら、後の人たちはみんなおいてけぼりです。それでは、せっかくの「いいこと」がちっとも「よくないこと」になってしまいます。

一緒に過ごす、人生や運命を共にするという意味では、仕事のパートナーだけでなく、恋人でも、奥さんや旦那さんでも同じです。スピードは違っても、成長は一緒にしないと、一緒に学んでいかないと、どんどんこころの距離が離れていきます。

ただのともだちや知り合いなら、じぶんが学ぶことで、合わなくなって、会わなくなっても、それは仕方のないことです。成長とは、過去のじぶんとの決別ですから、過去の友人との決別にもなりうるわけです。その覚悟は不可欠です。

でも、別れることができない相手なら、できればずっと一緒にと願う相手なら、(立場が許すなら)一緒に学ぶべきです。一緒に成長していくべきです。

長くなってしまいましたけれど、冒頭のことばをぼくはそう解釈しました。

イデトモタカ