ESSAY

2015-08-23

生きろ。

人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ。

太宰治の短編小説『ヴィヨンの妻』の最後は、そういって締めくくられます。はじめて読んだのは数年前でしたが、そのときには深い意味はわからなかった気がします。

私たちは、生きていさえすればいいのよ。

そりゃあ、そうじゃないかと。けれど最近になって、生きていくことを、ひどく面倒だと感じたり、大変だと悩んだり、考えたり、落ち込んでしまったりしたときに、じぶんの人間が弱いと生きていくことそのものを、つい否定的に捉えてしまいそうになります。

こんな人生なら、もういいじゃないかと。

けれど、そんなことはないんでね。やっぱり、どうしようもなくても、みっともなくても、「生きていさえすればいい」ということは、あります。「生きていさえすればいい」ともし思えたなら、最後の最後で踏みとどまるきっかけとなってくれます。

挑戦し続ける。成功することよりも、成長することを中心とした視野を持つ。ぼくが最近学んだことばかりですが、それらは究極的に、生きていさえすればいいのよの一言に、たどり着くような気がします。

人の役に立たない。一所懸命やっているつもりでも目が出ない。社会にとって必要ないんじゃないかと弱気になってしまう。

それでもいいのだと。生きていさえすればいいのだと。

ぼくもね、そう思います。

イデトモタカ