ESSAY

2015-08-31

晩夏のトライ。

髪の毛がぼさぼさで、今日は誰にも会いたくないなあというときに限って、人に会う。服、変だったかなあと後悔しているときに限って、ちょっと気になってる相手に会う。

人生に完璧なタイミングなんて、そうそうあるものじゃない。いつだって遅いか早いかなのだ。

まだ早い、今日は嫌だと思っていたら人生はそのまま終わってしまう。

髪がぼさぼさでも、服が変でも、今日がそのときだと思ったのなら会いに行かないといけない。ぼくだったら嫌だけど。

なにかに挑戦しようというときも、なにかをつくろうというときも、やればやるほどじぶんの不足を知っていく。それは仕方がない、そういう構造なのだから。

不足を知るということは、進んだということと同義なのである。だから喜ぶべきことなのだ。けれど人は足りないをつい恐れてしまう。まだ早いと引いてしまう。失敗するのは嫌だから。

髪はいつだって完璧な長さではないし、服はいつだってちょっと変なのだ。なにかをするにはいつも早過ぎるし、知識や技術はいつまでも足りない。

あなただけじゃない。みんなそうなのだ。

偉人が恥を捨てろという意味を、もう一度きちんと考えてみたい。

あなただけじゃない。みんなそうなのだ。

にもかかわらず前に進もうと決意した人が、失敗をいとわず挑戦した人が、ええい構わんと行動した人が、いい思いをしたり、わるい思いをしたりする。

いい思いだけしようだなんて、都合がいいぞ。

イデトモタカ