ESSAY

2015-09-29

愛はバレる。

愛はバレる。
そこに愛があるのか、ないのか。そんなことは、わかるものなのだ。

あるウェブサイトを見て、このサイトは愛を持ってつくられたのか、はたまた儲かりそうだから、流行りそうだから、話題になりそうだからと、愛なくつくられたのかは、見ればわかるものなのだ。ぼくらはそこまで馬鹿じゃない。

誰かが愛は行動だといった。じぶんのしていること、相手のしていることに、愛があるのかないのかは、どうしたって見えてくる。ギターを愛している、音楽を愛している、絵を愛していると口ではいっても、実際の行動を見れば、その愛がどんなものだかは勘づいてしまうほどのものなのだ。

愛はバレる。
なぜなら、みんな愛に敏感だから。愛したいと思っているし、愛されたいと思っている。だから愛については驚くほどアンテナがきく。あんまり人をなめない方がいい。知識はないかもしれない、知恵もないかもしれない、経験も、実力も、実績もないかもしれないけれど、みんなそこに愛があるかどうかは、驚くほどわかるものなのだ。

それは大人が忘れていることかもしれない。こういうのが好きなんでしょう。こうすれば気に入るんでしょう。そうやってうまくできると思っているかもしれないが、あなたがたが未熟だと思っているぼくらや子どもは、あなたがたが思っている何倍も何十倍も、愛については鼻がきくのだ。

愛はバレる。
それは肝に銘じておいたほうがいい。愛がないのなら、やらないほうがいい。どうせつまらない結果しか待ってないのだから。

愛があるのなら、見つけてくれる人が必ずいる。だってあなたがここに来てくれるのは、ぼくの愛のはずだから。

イデトモタカ