ESSAY

2015-10-18

散らかって生きる。

なにをしなくても、いいえ、なにもしなければ、部屋はどんどん散らかっていきます。ごみは増え、持ちものは増え、気づいたらぐちゃぐちゃになっています。たぶん、ぼくだけでも、あなただけでもなく、みんなが平等にそうなのだろうと思います。

なぜだろうかと考えたなら、それは、生きているからだろうと思われました。死んだ人には、滅多に郵送物は届きません。新たになにかを消費することもないので、持ちものだって増えません。ないより、買えませんからね。

ものが増えるのは、生きている証拠です。よかったですね、ぼくも、あなたも、きちんと生きているようです。

お腹が空くのとおなじように、ふと寂しくなるのとおなじように、生きているから散らかっていく。生きているから荷物がどんどん増えていく。どうやら、そういうものみたいです。

最近、片付けるかどうかは、もはや自由だぜと思うようになってきました。脅迫的に、整理整頓されていなければならない、という考えはなくなりました。ぼくの場合、ある程度までいくと、気が散るから片付ける、そんな具合です。

正直なところ、生きていくのに必要ではないものばかりです。あとは、それが邪魔になるかどうかだけの問題で。

片付けて、気もちがすっきりのすのなら、迷いが減ったからだと思います。迷うことのない、生きる目的が明確な人は、別に片付けなくたっていいのです。その場合、むちゃくちゃに散らかるか、まったくものが増えないかになるでしょう。

ぼくはきょう片付けをして、ずいぶんとすっきりした気分になりました。まだまだ、迷うことがあるみたいです。

イデトモタカ