ESSAY

2015-11-15

無知とは。

無知とは我執なのである。

内田樹さんの本を再読していたら、そんなことばに出会いました。ばっちり過去のじぶんが線を引いていましたが、ばっちり忘れておりました。

曰く、無知とは「知らないこと」ではなくて、今のじぶんから「変わろうとしないこと」なのだと。

つまり「今のじぶん」への執着や、「変化するじぶん」に対する拒絶こそが、じぶんを積極的に無知にさせているのだそうです。

なるほどまったく、反論の余地がありません。驚きですが、無知とは怠惰の結果ではなくて、非常に積極的な努力の結果だったのです。わたしは変わらない、ぼくは変わりたくなり、そういう鉄の防御のたまものなのでした。

言われてみると、憶えがあります。今の時代特に、質や種類の違いはあっても、それぞれにみんな膨大な量の情報に接しています。検索すればすぐになにかが出てくる世界で、「知らないことが無知」では無理があります。あることについては知らないかもしれませんが、それにしても調べればすぐに埋まる溝ばかりです。

では無知とはなにか。やはり「知ろうとしないこと」なのでしょう。じぶんに不都合な情報や、変化を強いる情報を「受け容れようとしないこと」とも言えそうです。

今のじぶんに執着する態度、姿勢。この我執こそが無知の根源なのであるとは、いやはや、まいりました。

知らないことは恥ずかしくない。変化を拒むことが問題なのだと。

イデトモタカ