ESSAY

2016-01-25

動かす力。

ぼくは批判をわりと肯定的に受けとっています。肯定多数における一部の批判についてですけれど。

批判の声というのは、いただくとインパクトがあります。えらく耳にも頭にも残ります。みんながそう思っていると勘違いするほど。

けれど実際には大半の人は黙っています。あなたが正しいと思うことをしているのなら、黙って見守ってくれています。

すべてに肯定的ではないとしても、だからといって否定的でもありません。たまに声と勇気を出して、応援してくれる場合がほとんどです。

そんななかで少数いただく批判の声は、日の丸弁当の梅干しのように目立ちます。白い米粒がどれだけ他を占めていようと、無視できない存在感を醸し出します。

あなたが一歩踏み込みごとに、批判の声や目は増えてていき、ことばも態度も強くなり、いっそう記憶に貼りつきます。

けれどぼくはこう考えることにしています。ああ、(良くも悪くも)響いたのだと。

前提としてみんなじぶんのことに忙しいです。じぶんと関係のないほとんどのものごとについて、基本的には関わらずに生きています。あまり真剣に向き合わずに生きています。

そんななかで無視できなかったことが批判になります。あまりにポジティブだと呆れられるかもしれませんが、無視されないだけのメッセージだったのだと思います。

一番こわいのは肯定も批判もないことです。肯定はたいてい声になりません。批判があるときは一定の肯定層を超え、その外にまで届いているのだと考えていいはずです。

人のこころを動かすのは簡単ではありませんから。

イデトモタカ