ESSAY

2016-02-02

同じ最後。

繰り返しのような毎日だからこその、いいことだってたくさんあります。いつもの駅員さんが今日もやっぱりいて、「いってらっしゃい」と言ってくれた。いつもの道に前はなかった花を見つけた。いつもの喫茶店で一口分のケーキをおまけしてくれた。

繰り返しのような毎日だからこその、実感できるうれしいだってあります。子どもが着々と大きくなっていく。本がどんどん終わりへと進んでいく。セーターが少しずつ編み上がっていく。

何が起こるかわからない、どうなるのかわからない刺激的な毎日にも、こころ惹かれないわけではないけれど、変わらないようでゆっくりと変わっていく一日一日が基本的には人生です。

知らない世界は外にはたくさん、たっくさん広がっています。ぼくらは知らないことばかりです。ほとんど何も知らないのです。けれど、そんなに遠くに目を向けなくても、やっぱり、知らないことだらけなのです。

ぼくは、ぼくの両親が小学生のときに、夢中になっていた遊びや親友の名前を知りません。もう十年以上も一緒にいる仲間とでも、「え、そんな話はじめて聞いた」はいまだにあります。相手にしたってそうでね、そういえばしてないね、な話はたぶんぼくの側にもまだまだあるはずです。

繰り返しのような毎日でも、一つ、何かをちょっと変えていったなら、一年後にはきっと全然違う毎日になっています。矛盾するようですけれど、同じ日なんてね、ありはしなくてね。

今日は、今日が、最後なんです。どれだけ似ていても、ね。

石を積むような日々でも、春には橋ができていたり。

イデトモタカ