ESSAY

2016-02-23

ノーステージ。

なんでもかんでも盲目的に「次のステージがある」とは、思わないほうがいいです。それはつまり、世間一般の価値観ではよしとされているもの、「成長」や「拡大」が必ずしも、あなたにとって大事なことであるとは限らないということでもあります。

周囲の声というのは、ときとして判断を大きくにぶらせます。こんなにうまくいったんだから、もう次のステージだね。これからは次のステージに向けてこうしていかないといけないね。

彼らに悪気はありません。じぶんがたどった道なものですから、もしくはそういうものだと信じているものですから、ついつい当然のこととしていっているだけです。けれどあなたには本当は「次のステージなんてない」かもしれません。まったくどこにも「ない」というのではなくて、その方向には「ない」んじゃないのと。

たとえばお菓子作りの好きな人がいたとします。その人はじぶんの作ったお菓子を食べて、うれしそうな顔をしているのを見るのが一番の幸せだったとします。それで一所懸命お菓子作りの腕を磨いて、誰もが認める賞で一位にまでなったとします。すると誰かがいいだします。次のステージはじぶんのお店を出すことですね。

お店を出して繁盛すると、また声が聞こえます。次のステージは店舗の拡大ですね。あるいは、商品販売ですね、出版ですね。そうして経営者になって、他店舗展開の会社のオーナーになって、有名人になって、はてさて、なにがしたかったのかしらん。

たしかに「次のステージ」らしきものは、なにをしていても見えてきます。けれどそのすべてが「いいもの」とは限りません。ずっと雇われのままでも、お菓子のことだけ考えて、もっとよろこんでもらえる、もっと健康で、もっとおいしいお菓子を作ることだけが「次のステージ」であって、拡大やその他の成長は、人生の本質ではないかもしれません。

「次のステージ」なんて、ほんとにあるのか? 疑ってみるのも大事だったりしますぜ。

飾りに惑わされるのが人間ですが、飾りは飾り。

イデトモタカ