ESSAY

2016-04-10

嫉妬のすすめ。

じぶんにも可能性を感じたり、競えば勝てるかもしれないと思っているから人は嫉妬します。

例えば売れない漫画家は、新人のデビュー作やなにかの賞の受賞作を読んで、「なんだよ、あんなの」と思うことはあっても、政治家を見て「あいつばっかり当選して」とは思わないでしょう。

ピアニストも同世代の他のピアニストが雑誌やテレビでちやほやされているのを見たら、「演奏技術ならわたしも負けてないのに」と悔しい気もちが出てくることはあっても、お客でいっぱいのハンバーガー屋さんに入って、ここばっかり繁盛しておかしい、とは考えないはずです。

嫉妬には「じぶんの立場」が必要です。じぶんがなにを見て、どこに立っていて、どうなりたいのかがないのなら、できないのが嫉妬です。恋人のいない人がカップルを見て嫉妬するのは、ほんとうはじぶんもそうなりたいし、そうなっていてもおかしくないはずなのにと多かれ少なかれ感じているからです。

この感覚は、つかえます。最近は「自分探し」ということばをあまり聞かなくなりましたけれど、じぶんのことを知りたいのなら、じぶんが「なにに嫉妬するのか」を注意深く観察してみるといいわけです。

他の人がなんとも思わない場面や状況、人に対して、けれどじぶんは嫉妬する、というとき、あなただけのなにかがそこにあるのです。見逃せないこころの動きが、言い換えれば「ほしいもの」がそこに映っているはずです。

そう考えると、嫉妬するのがたのしみです。ぼくはいつなにに嫉妬するのかしらんと、興味深く過ごすことができます。仮に嫉妬する場面がやってきたとしても、我を忘れたりこころが荒れたりすることなく、ほうほう、そうかそうか、ぼくはこういうものを羨ましがっていて、ほしい、じぶんもそうなりたいと思っている部分があるんだあ、なんておもしろがって暮らせます。

嫉妬をたのしむことができたなら、人生の色も少し変わって。

嫉妬や怒りで遊べたら、世界はもっと自由自在。

イデトモタカ