ESSAY

2016-04-19

みんないい。

二ヶ月に一度くらいのペースで、ぼくに健康ブームが来ます。そもそも関心の高い分野ではあるのですが、無性に健康関連の本が読みたくなって、ときどきでいろいろなものを読みます。

昔、学校の先生方が飲み会を開くと、それぞれの分野の担当者が、我が教科こそ最も重要で最も価値があると譲らないので、喧嘩になりそうになる、という話を聞いたことがあります。

国語、算数、理科、社会、体育、美術、音楽、もっと細かく分けることもできますが、やっぱりじぶんが熱心に打ち込んでいるものが、大事だと主張したいのはわかります。ぼくだって、どれか選べといわれたら、やっぱり国語(ことば)だといいたくなるというか、いわざるをえないような気がします。

健康に関しても似たような具合で、やれ肩甲骨をほぐせだの、ふくらはぎを揉めだの、骨盤を回せだの、体幹を鍛えろだの、指先を使えだの、スクワットをしろだの、足裏を刺激しろだの、呼吸法を変えろだのいいます。食事に目を向けても、これを食べろ、食べるな、がたくさんたくさんあります。

なかには間違った情報や、古い情報もありますけれど、基本的には「みんないい」のだと思うのです。みんな効果はあるし、みんなそれぞれに正しいことをいっているはずです。でもこちらとしては、やっぱり「みんな」はなかなかできません。

たとえ一日5分でも、全部ぜんぶやっていたら、午前中がなくなるくらいの過酷なトレーニングです。ぼくは何になりたいんだ、となります。

だから、これならできそうだ、毎日のなかに取り入れられそうだ、というものが一つか二つ、あればいいと思っています。そうしてそういうものが、少しずつでも増えていけばパーフェクトです。

どれがいいのかわからない中から選ぶのではなく、「みんないい」の中から選ばなければいけないのが、なんといいますか、人生のなのです。

みんないいのです。みんないいと知っていながら、一方を選び、一方を選ばない(捨てる)。そこにどうしたって回避することのできない虚しさと哀しさがあるような気がします。だからといって、選ぶことを放棄した人は、なにを得ることもなくて。

イデトモタカ