ESSAY

2016-05-04

名鍛冶屋。

引き寄せの法則だとか、鏡の法則だとか、耳にされたことはありますか。本家の方からは叱られるかもしれませんが、要するにあなたの内面の反映がこの世界であって、あなたの世界で起こるいろいろに、あなたはあなたの引力によって出会うのだ、というようなことです。だから、あなたが変われば世界は変わるのだと。

ぼくは世界に対して、もう少し違う解釈をしておりますが、概ねそうなのだろうなと思っております。ぼくの理解では、出会うのではなくて、それが「見える」ということですが、結論としては似たようなものです。

ただ一点、ずっと不思議だったというか、疑問だったというか、腑に落ちないことがありました。それは、たまにいるひどい人や、人を傷つける人、その人に傷つけられる人がいる、ということでした。

そういう人との巡り合わせは、不運といってしまえばそれまでですが、先の法則によれば、じぶん(ぼくら)の責任だったり、じぶん(ぼくら)が原因だったりする、ということなのかしらんと。それは、あんまり、納得できないよと。

けれどある本で、そういうことは、ただただ起こりうることなんだ、とありました。誰のせいでもなんでもない、一定の確率で、起こりうることでしかないと。例えば割れたガラスのコップが落ちていたとき、拾うと指を切って怪我をすることもあるし、うまく拾えることもある。それだけのことなんだ、と。

ぼくはひどく感心いたしまして、人生のいろいろにいっそう合点がいきました。こういうものを「使える思想」というのだろうと思われました。ぼくは今後の人生でこの考えかたを何度となく使っていくことでしょう。目に見える道具ではありませんけれど、ぼくもこうした「使える思想」を、つくれる鍛冶屋になりたいなと願います。

イデトモタカ