ESSAY

2016-06-11

悲しくない。

見憶えがあるんだ。きょうはなんだか、とても大事な日だった気がするんだ。6月11日。昔の、ぼくが、特別に思っていた日付のような感覚がある。でも違うかもしれない。ただの思い違いかもしれない。

連絡先も知らないような誰かの誕生日かもしれないし、好きな映画や小説のなかで、記念日とされていた日かもしれない。あるいは、ぼくがはじめてなにかをしたり買ったりした日かもしれない。

わからないけれど、小さな喪失感がある。ただ一つたしかなことはこうして忘れていくのだ、ということだ。

すべてを記憶しておくことはできない。順番もわからない。なにから、どこから、忘れるのか。古い順に押し出されて、というのでもない。あふれた過去から落とされて、だとすれば、ルールが明確だから悲しくならない。受け容れることができる。でもそうじゃない。じぶんで決められない。わかっていることは、ただ、忘れるのだ、ということだけ。

あなたは憶えているかもしれない。ぼくは忘れているかもしれない。あなたは忘れているかもしれない。ぼくは憶えているかもしれない。その差が、違いが、ときに悲劇を生み、またときに、感動になる。

ああ、きょうはやっぱり、なんでもない日だったかもしれない。いや、違うな。なんでもない日なんて、ない。

イデトモタカ