ESSAY

2016-06-22

У氏へ。

前略

ロウソクの主目的は「明かり」だが、同時に「熱」も発生させる。それどころか、副産物である「熱」の方が「明かり」よりもいっそう大きな大きなエネルギーの使いみちになる。

生みだされたエネルギーは消滅しない。必ずなにかに置き換わる。それがエネルギー保存の法則だ。ロウソクは「明かり」を灯すという主目的を達成するために100のエネルギーを出す。けれど「明かり」には5しかつかわれない。残り95が副産物として「熱」になる。

このバランスの悪さは不思議ではない。自然界ではほとんどのものがそうなのだ。一つの主目的を果たすために、膨大な副産物が生みだされる。けれどそれは悪いことでは決してない。ロウソクの「熱(副産物)」はときに紙を燃やし、花火に火をつけ、かじかんだ手を温める。

愛はどうか。冷めた科学者、実証主義者にとって「愛は種の保存のためにある」のだろう。けれど子孫を残すために必要な「愛」は、それほど多くはないはずだ。必要を大きく上回る量の愛が、エネルギーが、生みだされているのはなぜなのか。そしてそのエネルギーはどこにいったのか。

生みだされた「愛」の一部は「種の保存」のためにつかわれる。けれど残りの膨大なエネルギーは別のもののために費やされる。そうしてできたのが「この世界」なのだ。この世界の発明であり、生産であり、デザインであり、平和であり、安全であり、芸術であり、いや、すべてなのだ。

・・・という、あなたからのお手紙。とても昂奮しながら拝読いたしました。人によっては大げさだと言うでしょう。わけがわからないという人もあるでしょう。けれど、ずいぶん、ぴったりきました。ひどく納得されました。まだ人に伝えられるほどわかってはいませんが、この世の核をつかんだような手応えを感じます。

草々

イデトモタカ