ESSAY

2016-07-02

高く高く。

こころのなかに誰かを住まわせている人は、ときに強くもなり、弱くもなる。死んだ父親を、あるいは尊敬する師匠を、こころのなかに住まわせている人は、ここはというときに、ああ、父が見ている、師匠が見ていると「感じる」ことで、馬鹿なまねをしないで済むかもしれない。越えてはいけない一線を前に、踏みとどまれるかもしれない。

こころのなかに誰かを住まわせるのは、けれどいいことばかりではない。望まずとも住み着いてしまっている存在もある。たとえば学生時代のいじめっこの視線を、数年、十数年経ったいまでも「感じて」しまい、調子に乗っていいところで乗れなかったり、不利になったとしても、目立たないようにじぶんを抑えてしまうことだってあるかもしれない。

あなたのこころの家主はあなただ。好きな人を住まわせて、嫌いな人、苦手な人は追い出してしまえばいい。なかなかそうできないかもしれないけれど、選択権はあなたにあって、あなたの自由なのだ、ということは、忘れないほうがいいと思う。勝手に住み着いて、忘れさせてくれない人。いつまでも居座って、出ていってくれない人。けれど本当は、あなたが引き止めているという可能性もなくはない。こればっかりは、こころのなかのことだから、一概にこうだとはいえそうにない。

いい人、尊敬する人に、住んでもらおう。嫌な人、邪魔する人には、出ていってもらおう。住まわすよりも、出ていかせるほうが、うんとずっとむつかしい。傷は治っても、傷口は消えないときもある。縫合痕は永遠にのこるかもしれない。それでもあなたは自由になれるのだ。なっていいのだ。追いつかないくらいに、高く、高く、上へ、空へ。

その原動力になってもらえばいい。高いところから見る景色は、はじめてで、きっと素晴らしい。

イデトモタカ