ESSAY

2016-10-09

雨と穴。

雨が嫌だという人は、雨になにかされたのだろうか。

されたのかもしれない。台なしにされたり、裏切られたり、そういう過去があるのかもしれない。でも、もしかするとそれは、雨のせいではないかもしれない。

いいや、たしかに雨のせいなのだ。雨でなかったら、雨が降らなければ、なにも起こらなかった。問題なく進むはずだった。でも雨が降った。だとすればやはり、雨のせいなのだろうか。

いつ頃からか、雨がそれほど嫌ではなくなった。出かけるのに傘をさすのは面倒だけれど、濡れた沓の手入れは手間だけれど、ただそれだけのことだと思うようになった。雨が変わったわけではない。変わったのはぼくなのだ。

もしあなたはまだ雨が嫌いなら、変わってしまえばいい。雨のほうはきっと、変わりはしないから。雨は何千年も前から、雨のままなのだ。あとから来たのはぼくらのほうだ。

嫌な人は世の中にいる。彼らに変われと願うのは、雨よ降るなと望むくらい、どうこうなる問題じゃない。あなたが変わればいい。性格や人格の話じゃない。別の道を歩けばいいし、家にいればいい。彼らのいない場所で暮らせばいいし、入ってこれないようにすればいい。

どうしてこちらがと思う気もちもあるだろうけど、賢明な人はぶつぶつ言いながら穴のある道を歩かずに、別の歩きやすい道を選ぶものです。

イデトモタカ