ESSAY

2017-04-23

これからの話。

椅子に座り、マックの前でかたかたと一日中やっているのが仕事のようなものですから、ともだちはなかなか増えません。本気で増やそうと思ったら可能なのでしょうが、ぼくにもその気があんまりありません。

ともだちが増えないとどうなるかというと、昔のともだちがともだちのままになります。でもそんなにしょっちゅう会いはしませんから、会ったら会わなかった期間の話と、思い出話で盛り上がって時間が経ちます。

それはそれでとても楽しいのですが、ほんとうに楽しいのは、これからの話がどれだけできるかということでもあります。これからの話がちっとも出てこないというのは、希望や未来がないようでつまりません。

家族にせよ、夫婦にせよ、恋人にせよともだちにせよ、これからの話が自然にでてくる、できる、これからの話が常にメインテーマだというのが、死ぬまで生きる人として、希望のように思えます。愚痴のなにがつまらないかといえば、悪口だからという以上に、内容に未来がないからです。

これからの話を一番すべき相手は、言うまでもなくじぶん自身です。じぶんとの対話に、未来や希望がなかったら、これはひどく虚しいです。じぶん自身との対話は、意識しないと後回しになります。そういうことがとりわけ好きな人もいますが、少なくない人は、一年に一度だったり、誕生日や新年度の始まりといった節目にだけ、あらたまったようにじぶんと対話をします。

みなさんお忙しいですからね。そんな時間はないと思われるのもわかります。でもね、じぶんとの対話を大切にしている人も、暇だからやってるわけじゃあないんでね。

イデトモタカ