ESSAY

2017-09-02

一分一秒の塵。

歳をとるごとに、差が出てくる。いろいろな部分で、差がひらいていく。それはつまり、時間なのだ。時間というものの、大きさであり、怖さであり、凄さなのだ。

十年という歳月のなかで、差を感じていたとしても、十年は一年の十の積み重ねであり、一年は一ヶ月の十二、一ヶ月は一日のおよそ三十、一日は一時間の、一時間は、一分の、という視点で捉えていったなら、結局、一分一秒の差に行き当たる。それが真実なのだ。

学生の頃、あんなにも仲が良かった相手が、時間とともにつまらない存在になっていく。時間のせいだろうか。ぼくのせいだろうか。相手のせいだろうか。いいやすべてなのだ。

当時まだあまりあらわになっていなかった一分一秒の差が積み重なって、積み重なって、ある閾値を超えたところで、まるで違う世界が広がっている。気づくのは一年後かもしれない、五年後かも、十年後かもしれない。でもそのときには、積もり積もった時間は、おいそれとは埋められない溝になっている。

「もしも」の世界でもそうだ。もしも今日から、あなたがなにかを始める。始めなかった明日と、始めた明日では、ほとんどなにも違わない。でも一ヶ月後、一年後、十年後には、まるで別の人生かもしれない。

積み重なる一瞬を甘くみないほうがいい。そうやって人は去っていき、そうして人との出会いが待っている。

イデトモタカ