ESSAY

2017-09-24

執念を。

雨の日よりも晴れの日のほうが好きな人はきっと多いと思う。もしかしたら曇りのほうが好きだ、という人もあるかもしれない。ぼくも晴れているほうがありがたい。濡れるのは構わないけど、傘を持つのが面倒だから。

とはいえ天気としては雨の日も、曇りの日もたぶん必要なのだ。毎日が晴れだったならきっと困る。けれど、人生では違う。ぼくらの人生では晴れの日の数が一日でも多いほうがいい。雨の日や曇りの日から学ぶことももちろんあるわけだけれど、それはちょっといいわけに近い。

ぼくがいま行っている晴れの日は、ハレの日のことじゃない。調子のいい日のことだ。気分がよくて、生産性が高くて、てきぱきとして気もちも明るい日だ。雨の日や曇りの日とは、だらだらとやる気が出ず、寝たり起きたりぐずぐずしながら、気づいたらもう夜になっている日だ。

どうすれば人生の晴れの日を一日でも多くつくれるか。うろ覚えだけれどある人がいっていた。最高に調子のいい日が何日あるかで、その人の人生はけっこう決まる、と。ぼくはこのことばはかなり正しいと思う。

人生の晴れの日を増やすことに、そうやって過ごすことに、もっと執念を燃やしたいと思う。押さえるべきポイントとして重要なのは、食事と、睡眠と、呼吸と、姿勢、かな。ありきたりだけど、その辺りがやっぱり怪しい。あとは、決断の回数だ。起きてから、大事なことにとりかかるまでに、しようもない小さな決断を繰り返すほど、どんどんエネルギーが減っていく。そのことについては、また別に書こう。

イデトモタカ