ESSAY

2017-11-01

式典での差。

恥ずかしい人生を送ってきました。人間失格ではないですけれど、こころからそう思います。恩知らずで、恥知らずで、傲慢で、見栄っ張りで、情けない。思い出すのも嫌なのですが、どういうわけかよく色んなシーンが脈絡もなく再生されてうんざりします。

あなたにしてもそういうことは、あるいはあるのかもしれません。若かりし頃のなんたらというものは、誰にだってついてくるものですから。それでも、そこから目を逸らしたり、リセット、リスタートしたいと願ったか、受け入れてきたのかでも、その後の人生は大きく変わるものです。

結婚式でたくさんのともだちたちに、祝福される人というのは、あまり強制リセットをしてこなかったのだと思います。だから関係がつながって、積み上がって、各時期それぞれで付き合う人は変わっても、いつの時代のじぶんともじぶん自身が別れず、思い出を共存できているのではないかしらん。

もちろん人ですから、それぞれに抱えているものがあって当たり前ですが、それでも過去の人たちと節目にはつながることができるのは、とても人間的ですごいなと尊敬します。

ただ一方で、まるで原型をとどめないほどに、移り変わっていくのもまた、人間的です。あのときのともだちは、いつももういないのです。「カシミア」にしても、読んでくれている人は、ぼくには直接顔や名前がわかりませんけれど、確実に何度も何度も変わっているはずです。

そうしてぼくは、顔や名前を知らないあなたを、探すことも再度つながることもできません。それでいいのだなと思います。ぼくの人生そのもののようです。一回であれ、一瞬であれ、少し長い仲であれ、あなたと関われてぼくはたのしいですよ。

イデトモタカ