ESSAY

2018-03-09

妄想の果て。

いい妄想とわるい妄想がある。ただの妄想もある。ただの妄想は気にしなくていい。利も害もない。いい妄想は、ときに未来を広げる。あんなこといいな、できたらいいな、というのがいい妄想だ。問題はわるい妄想にある。こればっかりは、たちが悪い。

わるい妄想というと、たとえば取り越し苦労や被害妄想だ。相手のこころや気もちを考えるのも、少なくない場合わるい妄想になる。要するに、じぶんのあたまのなかだけで、勝手に悪い方向嫌な方向にばかり発展していくのがわるい妄想だといえる。

妄想はよくもわるくも栄養になる。あたまのなかでの肥料になる。あいつのこういうところが嫌だな、気に食わない、許せないと思って、ごうごうと燃えている怒りの火に、わるい妄想は油をそそぐ。ありもしないことを勝手に思って、さらに怒りや憎さが増していく。

わるい妄想はやめたほうがいい。ほんとうに、ろくなことがない。これほどろくなことがないことも、他にはないぞと思うくらい、つまらない。

わるい妄想は断ち切る。埃のように払う。あたまやこころの窓を開けて換気する。そうしなければ、行き着くのはいつだって破滅なのだ。あまり長くない人生に、そんな時間は必要なくて。

イデトモタカ