ESSAY

2018-04-16

学んで忘れる。

これはこういうものだから。という部分にこだわりすぎたり、意識しすぎてしまうと、ほんとうは好きだったはずの「これ」が、どんどん嫌になってきたりもします。

例えばなにも考えずになにも知らずに、絵を描いていたときは楽しかったのに、それこそ寝食を忘れて、まるで夢の世界にいるかのように、絵を描くという時間に没頭していたのに、絵について勉強したり学んだり教えてもらったりすればするほど、絵とはこういうものなんだ、という枠に締め付けられるようになって、こう描かないと、こういうふうに描いたほうがいいからこうしないと、ともうなんだかなんのために、だれのために描いているのかわけがわからなくなって、溺れているようにどっちがどっちなのか、上も下も前も後ろもわからなくなって、疲れてしまって滅入ってしまって、最悪の場合あんなにも好きだった絵を描くことが嫌になってしまう。絵を描くことで行けた夢の世界の入口は、どこにあるのかわからなくなった。

そんな悲しいことは、いたるところで起こっていたりします。それは情報や知識の弊害ともいえます。

ぼくらは知ろうとします。好きなものだから、興味のあるものだから知ろうとして勉強して。そうやってだれかのつくった枠のなかに収まることが「いいこと」や「正しいこと」のように思えてきます。

学ぶことは重要です。でも学んだことを、最後にはまた忘れてしまえたらいいなと思います。基本を知って、基本を習得して、応用を知って、応用を実践して、歴史を知って、未来を切り拓くために、みんなみんな忘れてしまえたら、それがなによりではないかしらんと。

好きだったものを嫌いになるなんて、もうそれで十分にどこかがおかしいよ。

イデトモタカ